行人日記@はてな

昼の休みに今日見る雲も 頼りない雲 流れ雲

物の感じ方の変化

昨日、中学2年生の長男と東京ドームシティに行き、ジェットコースターの「サンダードルフィン」に乗ってきました。

この経験で感じたのは、私自身の「物の感じ方の変化」でした。

サンダードルフィンは約40分待ちでしたが、順番待ちの間、長男は「やばい、怖くなってきた」と頻繁に繰り返しており、実際、長男の胸に手を当てると鼓動が速くなっていました。

一方で私は、順番待ちの間は何も感じませんでした。ジェットコースターの事故のニュースを記憶していますので「安全に作られているから大丈夫」とは思っていませんが、でも「怖い」いう感情はありませんでした。

むしろ、サンダードルフィンは最大時速130kmだそうですが、「高速道路の120km/h区間を安定性の悪い軽自動車で走る方がよっぽど事故の確率が高くて怖い」などと考えていました。

ジェットコースターに乗っている間は、さすがに垂直落下に近いところでは「怖さ」を感じましたし「うおお!」と声が出てしまいましたが、でも同時に冷静さもありました。

日本有数のジェットコースターの強い刺激でもこんな感じでしたので、私は、私の「物の感じ方」が加齢とともに変化(鈍化?)していることを実感しました。

実はこれは前々から気付いていたことであって、映画を見ても若い頃のようには感動しづらくなっていると思っていました。このことは私にとってとても寂しいことです。

若い頃は、フェリーニ監督の「道」や、「ソフィーの選択」、「女優フランシス」など、悲劇的な作品にとても感情的に反応していたように思います。

一昨日見た「モンパルナスの灯」も、若い頃であれば、非道なラストにガン泣きしていたかもしれません。ですが今は、「作り手の狙いに沿った感じ方をしたいけど、でも明らかな脚色、誇張と分かるのでそれができない」と冷静な目で見てしまいます。

その一方でヘンなのは、この数年間でガン泣きしたのは、昨年見た「けいおん!」2期の最終回でした。卒業する4人が後輩の梓に歌を贈るシーンは、涙が流れて止まりませんでした。

映画にはリアリティを求めて冷静に見てしまう一方で、超シンプル化されたアニメに心動かされるといった、矛盾を伴う「物の感じ方の変化」を、自分自身どう受け止めれば良いのか分かりません。


東京ドームシティのサンダードルフィン。時速130kmで隣の観覧車の中をくぐり抜けます。