行人日記@はてな

昼の休みに今日見る雲も 頼りない雲 流れ雲

「嵐が丘」

昨日、休暇を取ってシネマヴェーラ渋谷で「嵐が丘」を見てきました。

エミリー・ブロンテの「嵐が丘」は繰り返し映画化されていますが、今回見たのはウイリアム・ワイラーが監督した、ローレスンス・オリヴィエとマール・オベロンが主演した1939年版です。

以下、ネタバレ有りです。

舞台はイングランドのハワード村。村の周囲には強風が吹き荒れる荒地が広がり、主人公キャシーが生まれ育った屋敷は「嵐が丘」と呼ばれています。

キャシーは荒地に咲くヒースの花を愛する田舎娘であり、屋敷の使用人の貧しい若者ヒースクリフに共感し、荒地の大岩の下で愛を語り合います。

しかし一方で彼女は裕福で贅沢な暮らしにも強く憧れており、ヒースクリフを我が身の一部ように愛しつつも、田舎の金持ちの求婚を受け入れてしまいます。

絶望したヒースクリフは嵐が丘を去りますが、アメリカに渡って成功し、裕福な紳士となって、世の全てに復讐するために嵐が丘に戻ってくる・・。そんな話です。

(エミリー・ブロンテの原作を読んでいないのでどこまで原作に忠実か分かりませんが)

この映画は古いモノクロ作品ですが、意図したものかは分かりませんが、暗くて粗い映像が嵐が丘という土地の荒涼とした雰囲気にとても合っていると思いました。

ストーリーも、19世紀の文学作品が原作ですので表現が抑え気味で起伏に乏しい面がありますが、それでもヒースクリフの復讐は、現代の倫理観に照らしてもとても陰湿なものでした。

例えば、ヒースクリフは自分を捨てたキャシーとその夫を苦しめるため、キャシーの夫の妹を騙して結婚し、妻に精神的な虐待(肉体的にも?)を加えます。

また、かつて自分を使用人として虐待し、今はギャンブルとアルコールに溺れている元主人から、金で嵐が丘の屋敷を奪い、自分に屈服せざるを得ない境遇に追いやります。

そんな感じで、この映画は文学的な香りを残しつつも、人間の欲望や嫉妬、憎しみ、階級格差に対する怨念など、人間の心理をとてもリアルにえぐった作品だと思いました。

そしてそれだけではなく、ヒースクリフは復讐を果たすわけですが、残りの人生は、自分に関わった多くの人を不幸に陥れた自身の「業」に苦しみ続ける姿が描かれます。

この映画では、死によってヒースクリフとキャシーの愛が成就されるような綺麗なまとめ方をしていますが、その実は全編にわたってひたすら暗い、陰惨な作品でした。

余談ですが私は、中学生の頃に映画のチラシを集めていて、「100枚○千円」というまとめ売りで買った中にこのチラシ↑が含まれていました。

とても雰囲気のあるチラシで気に入っており、映画にも関心を持ちました。その後何十年と経ってはいますが、それが今回「嵐が丘」を見に行った動機でもあります。


キャシーを演じるマール・オベロンの美しさは特筆ものでした。

(備忘)

シネマヴェーラ渋谷の前から4列目で見ました。ちょうど良かったように思います。

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