行人日記@はてな

昼の休みに今日見る雲も 頼りない雲 流れ雲

「サタンがおまえを待っている」

水戸市から千葉市に戻る途中、新宿に足を延ばして映画「サタンがおまえを待っている」を見てきました。

タイトルからホラー映画かと思いますが、「悪魔崇拝者が儀式として児童に性的虐待を加えており、それが社会に蔓延している」という、証拠が無いにも関わらず1980〜90年代に米国で広く信じられた陰謀論を扱ったドキュメンタリー作品です。

私はこの映画を見て初めて、この陰謀論によって当時のアメリカ社会が「サタニック・パニック」と呼ばれる大きな混乱に陥った事実を知りました。この混乱により、悪魔崇拝で児童を虐待したと疑われた保育士の冤罪事件などが起こったそうです。

このパニックの発端は、悪夢に悩む若い女性ミシェルが、精神科医のラリー医師のセラピーにより、抑圧されていた「悪魔教団の生贄とされた幼児期の記憶」を思い出し、セラピーの録音を文字に起こして二人の共著として出版したことによります。

映画では、セラピーの録音テープや、著書の出版後にミシェルとラリー医師が積極的に出演した当時のテレビ映像などにより、この陰謀論がどのように形成・拡散され、そして社会にどのような影響を与えたのかが詳しく描写されています。

更に、ミシェルとラリー医師の家族など、関係者に対する現在のインタビューにより、二人の行動がいかにうさんくさい、欺瞞を感じさせるものであったかが証言されます。

そんな内容です。

この作品の意図は明らかで、当時以上に陰謀論が拡散されやすくなった現代のSNS社会に対する警鐘でしょう。そして某大国の大統領のように、陰謀論を巧みに利用して、対立する勢力を激しく攻撃する指導者の台頭に対する警鐘でもあるのでしょう。

難しい話だなと思いました。

国家とか社会とかという高いレベルより先に、そもそも自分自身が陰謀論を信じ込まないようにしなければならないわけですが、陰謀論は何が「確かな事実」かが見えないからこそ肯定も否定もしづらく、そこに「陰謀」が存在する気がしてしまいます。

「確かな事実」が見えない場合、陰謀論を陰謀論と決め付けるのはなかなか難しいと思います。「うさんくさい」と感じるものは直感を信じる方が良いと思いますが、でも陰謀論を信じる人も直感を信じている点では同じなのでは?と自己矛盾に陥ります・・。

というわけで、この映画で詳説された歴史の事実に学びたいものの、一個人としては一体どうしたらいいのだろうか?という思いです。「自分は大丈夫」と思うことができず、無力感を感じます・・🫠️


新宿シネマカリテ。来年1月で閉館するそうです。興味深い作品を上映するミニシアターで、私も好きだったので残念です。

filmarks.com