
千葉市から水戸市へ移動する途中、映画「嵐が丘」を見てきました。
私がこの映画を見ようと思ったきっかけは、映画館で本作の予告編を見たことです。予告編では、「究極の愛」と謳っており純愛作品のような印象を受けました。
私は昨年、ウィリアム・ワイラー監督の「嵐が丘」(1939年)を見ましたが、ひたすら暗い陰惨な復讐劇であり、とても愛の物語とは思えませんでした。
本作の予告編は、私が「嵐が丘」という物語に抱いていたイメージと大きなギャップがあり、それがとても気になって、興味がありました。
(本当はエミリー・ブロンテの原作を読めばいいのでしょうが、もう文芸大作を読み切る気力はありません・・)
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予告編です。
前置きが長くなりましたが、以下、あらすじと感想です。一応、ネタバレは無いつもりです。
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物語の舞台は、イギリスのヨークシャー地方、荒野に周囲を囲まれた田舎の町。そこには「嵐が丘」と呼ばれる旧家の屋敷があります。
主人公キャサリンは嵐が丘の当主の娘です。嵐が丘には当主家族の他、使用人たちが住んでおり、もう一人の主人公ヒースクリフは、使用人の一人です。
キャサリンは美しい女性に、ヒースクリフは逞しい青年に成長しますが、二人とも内面には、嵐が丘に吹き荒れる風に耐えてきたかのような、荒々しく激しい気性を抱えています。
二人は、直接的な言葉や行動には表しませんが、お互いに相手を「まるで自分の分身」であるかのように捉え、惹かれ合い、深い愛を内心に秘めています。
しかしキャサリンは、裕福なリントン家の当主からの求婚を受け入れてしまいます。
そして、「貧しいヒースクリフと結婚したら、物乞いとして生きることになる」というキャサリンの言葉を立ち聞きしたヒースクリフは絶望し、嵐が丘を去ります。
キャサリンは、心が揺れ動き続け、ヒースクリフの帰りを待ちますが、1年待っても戻らないことから、正式にリントン家に嫁ぐことを選択します。
更に数年が経過し、キャサリンは既に、リントン家の当主の妻として生きる人生を受け入れていましたし、子供も身籠もっていました。
しかし、そこに成功して裕福になったヒースクリフが現れたために・・。そんな話です。
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予告編の純愛作品っぽい印象とは全く異なり、極めてグロテスクでショッキングな作品でした。
(性的な描写も多く、G指定なのが不思議なくらい)
愛と言っていいのか、キャサリンとヒースクリフの「もう一人の自分」に対する執着、愛しつつも裏切られたことへの憎悪。男と女の残酷なまでのエゴイズムが生々しく描かれています。全く美しくありません。
確かに愛の物語だな、とは思いました。愛し合っているけれども、歯車の狂いにより結ばれなかった二人が、時間を戻したくても、既に手遅れであり叶わずに足搔く。とても壮絶な悲劇だと思いました。
(とはいえ、リントン家の人とか、関係ない人を巻き込むなよとは思いましたが)
ワイラー監督版のような復讐劇とは大分異なりました。どちらが原作に近いのかは分かりませんが、この作品からは、荒野に囲まれた土地に生きる男女の、殺伐とした空気の中での激しい愛を感じました。
率直に面白くてオススメです。
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(メモ)
TOHOシネマズららぽーと船橋のスクリーン8のE列で見ました。スクリーンからの距離も目線の高さも丁度よかったです。