
映画「あゝ声なき友」を見てきました。
今井正監督による1972年(昭和47年)の作品です。
有馬頼義の「遺書配達人」を読んだ渥美清が、この作品を映画化するために「渥美清プロダクション」を設立し、松竹とともに製作したそうです。
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物語は、日本の敗戦が濃厚となった昭和19年、渥美清が演じる西山が所属する部隊が、南方の戦線に派遣されるところから始まります。
西山は、南方に向かう途中で高熱を発したためにただ一人日本に送還されます。部隊の仲間たちは、南方からの生還は希みが無いため、西山に家族に宛てた遺書を託します。
そして部隊は全滅し、自分だけが生き残ったことを知った西山は、終戦後、戦友たちから託された沢山の遺書を遺族の元に届けるため、旅に出ます。
そんな話です。
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西山は、進駐軍の残飯を煮込んだ雑炊を売るなどして僅かな資金を蓄え、鹿児島、長崎、小樽、花巻、気仙沼・・と、各地を巡ります。
しかし終戦後は内地も惨憺たるもので、遺書の宛先に辿り着いたものの、遺族は移り住んで行方不明だったり、既に亡くなっていたりし、遺書の配達は困難を極めます。
前半はロードムービーのようでした。終戦後の日本各地の悲惨な状況や、その日その日を生きるために苦労する人々の姿が、まるでドキュメンタリー映画のように描かれていました。
一方、中盤からは若干趣が変わり、「遺書」の持つ意味に焦点が当てられます。
夫を亡くした若い妻は、進駐軍相手の街娼として生きていました。身を落とした彼女にとって夫の遺書は「重荷」であり、封を開けることも出来ずにいました。
またある女性は、終戦から既に年数が経ち、戦後の世の中で自分の生活を築いており、「死んだ夫の遺書なんて読んでも読まなくても同じだ」と言い捨てます。
西山は、戦友たちの遺書を届けることが唯一生き残った自分の使命と思うものの、「終戦後」を生きている人々にとっては必ずしも喜ばれることではなく、そんなジレンマが描かれます。
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一気に飛びますが、ラストは秀逸でした。
西山は、大変な苦労をしながら遺書を遺族に届け続ける動機となっていた、自分自身の内面に抱いていた感情を自覚します。
ネタバレになるので書きませんが、大変説得力のある、この作品のテーマとも言えるとても強い感情がそこにはありました。
なぜ西山は遺族に遺書を届け続けたのか・・。涙が出る思いでした。
(メモ)
神保町シアターのE列で見ました。スクリーンからの距離は丁度良かったと思います。

神保町シアターでは4月3日まで渥美清特集を行っています。

3/19にリニューアルオープン予定の三省堂書店で、招待客向けの内覧会が行われていました。三省堂はある意味神保町の顔ですから、平常営業に戻るのは良かったなと思います。