
昨日、池袋の新文芸坐で、フリッツ・ラング監督によるドイツのサイレント映画、「ニーベルンゲン」(1924年)を見てきました。
ゲルマン神話を基にした叙事詩「ニーベルンゲンの詩」を映像化した作品で、二部構成の約5時間に及ぶ超大作です。
生の活弁付きの上映で、第一部の活弁を坂本頼光氏が、第二部を片岡一郎氏が担当されました。
*以下、ネタバレ有りです。
第一部 ジークフリート

ゲルマン神話の英雄ジークフリートの物語です。
森のエルフに育てられたジークフリートが、逞しい青年に成長し、ブルグント王家の美しい娘クリームヒルトを妃とするため、冒険の旅に出ます。
ジークフリートは、旅の途中で竜のファフニールを退治し、また、遥か北の土地に住むニーベルンゲン族のドワーフの王を倒し、膨大な財宝を手に入れます。

火炎を吐くファフニール。
「竜殺し」の英雄となったジークフリートは、ブルグント王国のグンター王に謁見し、王の妹クリームヒルトとの結婚を求めます。
グンター王は異国の女王ブリュンヒルトとの結婚を望んでおり、ジークフリートは魔法を使ってグンター王を助け、王の結婚を実現させます。

魔法の頭巾を被って体を透明にし、グンター王を助けるジークフリート。100年前の映画とは思えない映像ですね。
これによりグンター王の信頼を得、クリームヒルトとの結婚が認められたジークフリートでしたが、王宮には彼の存在を好ましく思わない人物もいました。
魔法により望まない結婚をさせられたことを知った王妃ブリュンヒルトは、尊厳を踏みにじられた屈辱により、ジークフリートを激しく怨みます。
また、グンター王の叔父ハーゲンは、英雄ジークフリートの存在がブルグント王家の威光を失墜させるとし、ジークフリートを危険視します。
王妃ブリュンヒルトと叔父ハーゲンは、それぞれ理由は異なるものの、ジークフリートの殺害をグンター王に強く進言し・・、そんな話です。

幸せに満ちたジークフリートとクリームヒルトでしたが・・。
第一部は、ファンタジー色が強く、日本の漫画やゲームでも目にする名前や言葉が多く出てきます。
そして主要な登場人物の間の、嫉妬や怨念といった負の感情による、陰謀、裏切りが描かれ、そこがいかにも神話的であり物語として楽しめました。
また、フリッツ・ラング監督らしい、サイレント時代の映画とは思えない独創的かつ完璧主義的な映像表現も楽しめました。

ドイツ表現主義に特徴的な、幾何学的な造形の宮殿。
そして活弁ですが、坂本頼光氏はやや声が大きく勢いを感じさせる方で、様々な声色を使い分け、表現力豊かに語っていました。
私は、気が付けば坂本氏の活弁を映画の音声のように自然に受け入れており、映画の世界にとても引き込まれました。見事な話芸でした。
第二部 クリームヒルトの復讐

最愛の夫ジークフリートを殺害されたクリームヒルトは、叔父ハーゲンへの復讐を果たすため、東の大地を強大な力で支配するフン族の王と再婚します。
数年後、クリームヒルトは、友好のためとしてブルグント王家とその家臣らをフン族の王宮に招きますが、彼女の謀略により両国の激しい戦闘が始まり・・、そんな話です。
第二部はファンタジー色は無く、「ブルグント王国がフン族に滅ぼされた」という史実を題材とし、フン族に君臨したクリームヒルトの復讐を描いた物語です。

フン族。知性が低く、汚らしい野蛮人という極端な描かれ方をされています。
第一部は、英雄ジークフリートを殺した叔父ハーゲンを悪役に見立て、「善悪」の構図がシンプルで分かりやすかったのですが、第二部ではその構図が鳴りを潜めます。
例えばクリームヒルトは、本人が「ジークフリートが死んだ時に自分も死んだ」と言うように、人の心を失った、復讐に生きる非情な女として描かれます。

黒い衣装に身を包み、目を見開くクリームヒルト。
一方、叔父ハーゲンを始めとするブルグント王国の戦士は、ゲルマン民族の忠誠心や連帯の強さ、勇敢さを体現する、名誉と誇りを重んじる存在として描かれます。
私は、第一部の延長線上で第二部でもクリームヒルトを同情的に見ていたので、まるで善と悪が逆転したようで、「え?どういうこと?」ととても混乱しました。
また、第二部は、観客である当時のドイツ人を意識してのことでしょうか?「ブルグント王国の悲劇」として、ゲルマン民族であるブルグント王国寄りに描かれているように私には見えました。
この第一部と第二部の間での、登場人物の立ち位置の変化は、どう受け入れればいいのか?色々考えましたけど私は今もスッキリ出来ずにいます・・。

子役の扱いが荒くて普通に泣いています💦️
フリッツ・ラング監督がこの第二部に込めたメッセージは、「憎しみや復讐は連鎖し、無関係の多くの人間が犠牲になる」ということのようですが、まあでも、・・ちょっと分かりづらいですね😓️

グンター王らが立て籠もったフン族の宮殿は、クリームヒルトの命令により火責めに。そして衝撃的な結末へ・・。
片岡一郎氏の活弁は、これまでも何度か聞いたことがあります。
片岡氏は、「國民の創世」の活弁を担当された際、歴史的意義がある作品であると同時に、人種差別的である点についても解説され、観客に注意を促したのが記憶に残っています。
とても真面目で、現代の弁士の第一人者として手堅い仕事をされる方という印象です。
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総じて、第一部と第二部を一連の作品として見ると、主題や上に書いたような登場人物らの立ち位置のギャップの大きさに混乱してしまう感じでした。
それぞれを個別の作品として見たならば、楽しみ方、受け止め方が大分変わるのではないかな?と思いました。
ちなみに、今回もエコノミークラス症候群が心配だったので、休憩時間は外に出たりしてなるべく歩くようにしました🚶️
(メモ)
新文芸坐のH列で見ました。スクリーンが少し高いので、「前の人の頭」問題も無く鑑賞できました。